2014年12月03日

青山圭秀氏のエッセイB

1日からご紹介していた青山圭秀氏のエッセイの最終部分。

  特別に偉大な業績を残さなくても
  ただ淡々と、気負うことなく生きてきただけでも、
  自分が辿ってきた道が多大な進化をもたらすものであった
  ことに気づくとき、
  われわれの誰もが心からの充足を味わうに違いない。
  仕事か瞑想の、どちらかではいけない。
  その両方を続けてきた人ほど確実にそうなるに違いないと。
  少なくとも私は信じている、というより、
  私にはそれが見えるのである。

「瞑想」という言葉で「ウッ」と感じたオカピさん。
そのような事から遠い、世間の雑事に右往左往している自分に
「心からの充足」を味わう日が、はたしてやって来るのか?

ハートに火をつける.png

あるインドの聖者が
「私は、祈る手よりも働く手を尊く思う」(表現は少し違うかも)
とおっしゃっていたと、青山氏の本で読んだ覚えがあります。
祈るだけで何もしないのなら、淡々と働く人の方が尊い
というような意味に解釈したオカピさん。

ただ、自分や家族を養うために、もくもくと働くだけの人生だと
しても、1日が無事終わり眠りにつく前に
何事もなく過ぎ去った1日に「感謝の気持ちを抱く」ことも
瞑想とは言えなくとも、立派な祈りの気持ちかな?と思います。
そしてその積み重ねが「心からの充足」に近づくのかとも・・・



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posted by オカピ at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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